迷子は泡姫の夢をみるか

迷子になると結構な頻度でラブホ街か風俗街にたどり着くんです。

狙ってやってるわけではないんだけど、このあいだも岐阜駅前で迷った時は気がついたら風俗街だった。 

昼間に迷い混む分にはほとんど焦らない。しれっと通りすぎればいいんだから。しかし、夜はまずい。いろいろまずい。命の危機を感じるのです。


ちょうど一年前程前のこと。国立大学の二次試験を終え、不合格を確信した僕は、何をどう間違えたのか一度神戸駅まで行ってから、大阪にある自宅まで帰ることにした。真反対の方向なのに。ぜんぶ駅メモのせいだ。

阪急電車神戸高速鉄道を乗り継ぎ、高速神戸駅まで移動、そこからJR神戸駅に行き東海道線で帰る予定だった。

Google mapいわく、高速神戸駅から神戸駅までの所要時間はわずかに4分。

駅に着き地上に出る。JRの駅は見えない。裏に出たのかと思いとりあえずその辺を回る。駅は見当たらない。少し歩いてみる。見当たらない。

この時点で一度駅に戻るべきだったのだろうが、朝から試験を受け頭を酷使してきた僕には虫ほどの思考力も残っちゃいない。

とりあえず進む。気がついたら隣の駅まで来ていた。さすがにおかしいと思い方向転換するも、脇道にそれてしまい自分が今どこにいるのかわからない。

思考を放棄して進む。気がついたら別の路線の駅である。軽いパニックだ。

ここで完全に遭難したことに気づく。山だったら多分死ぬんだろうけど、ここは都会。まだ焦る時間じゃない。スマホは電池が心もとないので、できるだけ使いたくない。

遠くに光輝く東横インがみえる。そう、だいたい駅の近くにあるやつ。これで助かったと思った。でもこれが地獄の始まりだったのだ。

虫レベルの頭なんで、光に吸い寄せられて東横インに向かって歩いていくんです。

すると何と明るいネオンサインのアーケードがあるじゃないですか。なになに、柳筋だって、商店街?商店街を抜けると駅前に着く、これ、都会の定石。勝った。勝ちを確信しましたよ。

柳筋。まあ、わかる人ならわかりますよね。これだけじゃわからなくても、福原って聞けばある程度以上の年齢で関西に住む男性ならわかるでしょう。ある種のお店がたくさん軒を連ねてる街ですね。

オブラートに包んで言うならサービス抜群のお風呂屋さん、入るとお姉さんがいて、なぜか知らないけど突然恋に落ちて、あんなことやこんなことをするお風呂屋さんです。お風呂から出ると突然破局します。仕様です。要するにソープランドという種類の風俗店ですね。


そんなこといざ知らず、商店街だと思い込んだ僕は突き進んで行くんです。こういう通りは、だいたい手前は普通の飲食店とかスナックなんですよ。これなら商店街にもあるわけで、気づくのがワンテンポ遅れる。充分進んだところで「60分18000円、全国区レベルの泡姫在籍店!!」なんて書いてあるもんですからそりゃ焦りますよ。

「えっ、やばくね、まちがいなく風俗街やん。商店街じゃないぞ。しかも俺制服着てるで、明らかにこの場に似つかわしくない格好してるぞ。これは怪しい兄ちゃんに絡まれるか、あるいは警察に補導されるか、とにかくまずい展開しかない。逃げねば」

なんて一瞬の内に頭を駆け巡るんです。

僕は前述のとおりいろんなとこで迷子になってるんですけど、以前ラブホ街で迷子になったことがありまして、その時、どう見ても18歳未満と思しきカップルに、「てめぇこっちみんじゃねぇよ!!」みたいな感じで絡まれたことがあるんです。あの時は何とも言えない感情になりましたね、同級生ぐらいの男女が今まさにそういう建物に入ってそういうことをしようとしてるところを目撃してしまったんですよ、そして目撃したのがばれて見事に脅されている。やはりこういう街には近づかないほうがいい、ラブホ街でボッチでいたところ恋人を連れた男に脅された上に殴られたなんてことになった日には、一生モノの不名誉です。この時はしれっと無視して逃げましたが、こんな思い二度としたくない。

でも、冷静になって考えてみるとここは日本。そんなに治安は悪かないでしょう。近くに交番あったし。しかも制服を着ているとは言え僕はもう18になっている。なんらやましいことはありません。

「迷い混んだのも何かの縁、ここはちょいと観光してやりますか。」

支離滅裂な思考になってますが、捨て身なんでしょうがない。

まあ、何と言っても店名とキャッチフレーズ、あと店の建物そのものも面白いものが多いんですよ、風俗街とかラブホ街は。後は密集してるがゆえの不気味さ。これは他のところじゃ味わえない。

なかでも面白かったのが、「秘書と社長」という店のポスターに書いてあった「超特セクハラ!」の文字。いまだに忘れられない。このご時世ここまで振り切ってるのはもはや清々しい。この天才的センスを褒め称えたい。やっぱり風俗街は異次元感あっていい。

こんな感じで結構楽しいんですけど、そうは言っても周りが暗い。加えて完全なる迷子です。正直心細い。しかも制服着てるし。これじゃ制服でサービスしてくれるお店にわざわざ自分も制服を着て行って、学生時代にやり残した「学校帰りに彼女の家に上がりこんでイチャイチャしてたらなんとなくベッドの上でそういう感じになってそのまま押し倒して恥ずかしがる彼女に心奪われてあんなことやこんなことをしちゃう」ってのを風俗でやろうとしてる引きずり系痛客みたいじゃないですか。

やっぱりトリッキーな状況に変わりはないので、そそくさと東横インの見える方へ進みます。

ようやくアーケードを抜けて東横インについてみると、あら不思議、駅らしきものは全く見えず、諦めて地図を見てみると見事に駅とは反対側ではありませんか。

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·········。引き返すしかないのか?この不気味な夜の風俗街を制服姿で引き返すのか?

道に迷ったら可能な限りもと来た道を引き返す、これが基本にして一番大切なことです。へたに違う道を進むとどんどん傷口を広げることとなり、最悪の場合自分が今どこにいるのかまったくわからない状況に陥ることもあります。まして、周りが暗く建物なども見づらい夜です、目印になりそうな建物なんてそれこそ東横インぐらいなもんです。このままだと東横インで一泊することになりかねません。現時点での最善手はこの風俗街を引き返すことなのです。

しかし、ここで僕が引き返すと何が起こるのか、もう一度よくよく考えてほしい。

ここに至るまでの道のりで風俗店の従業員らしき人に何度か見られています。きっと相手からは顔は見えずとも、僕が学ランを着ていることは認識できたことでしょう。そうなると、彼らは僕が何者なのか二通り想像することができるんです。
一つには先ほど申し上げた制服プレイをしようとしている痛客、もう一つにはなぜか制服で来てしまった風俗で童貞卒業しようとしているクソ陰キャ童貞高校生。

どっちにしろ嫌なんだけど、一度通過しただけではどちらか一方に絞ることはできません。しかしながら、二度通過すると明らかに後者になるのです。

「果たして、小生はここで泡姫に我が息子の初めてを捧げてしまってよいのだろうか、しかしながらやはり初めてというのは恋愛感情をもった女性にささげたいものである故、このように焦る必要もないのであろうか、、、否、小生にそのような女性が現れる可能性は皆無にして、ここまで来たのです、ここで逃げるようでは男がすたりまする!ここは覚悟を決めて泡姫に小生の初めてを捧げてしまおうではありませんか!」

なんて考えてると思われた日には、末代までの大恥です。そんなわけにはいきません。絶対回避せねば。

そんなわけで、別のルートで引き返せないか地図とにらめっこしてみますと、別の筋から帰れそうなことが判明。

もはや何も考えずその道へ向かう僕。
都会のはずれにありがちななぜか街灯が少ない裏道。

どうして俺はこんなところ歩いてるんだろうか。
ここで拉致されても確実に誰も気づかないだろうな。
俺はどうしてここまで頭が悪いのだろうか。
俺はどうしてもっとまじめに勉強しなかったのだろうか。
俺はどうしていつも逃げてばかりなのだろうか。

漠然と不安がこみあげてくる中、その矛先は自分自身に向いてくる。もはや人生の迷子といえようか。

どれくらい時間がたっただろうか、実際のところは15分ぐらいしかたっていないんだろうけど、異常なほど長く感じた。
見覚えのあるガソリンスタンドを見つけ安心した。どうにかもとの場所に戻ってこれたみたいだ。怪しい兄ちゃんに絡まれることもなく、警察に補導されることもなく。やはり日本の治安は素晴らしい。

きちんと地図を見て神戸駅にたどり着くのはそう難しいことではなかった。夜道を駆け抜けて明るい神戸駅に到達したときの安心感といったら、同じ状況を経験した人にしかわかるまい。

ここからは新快速に乗り、駅メモぽちぽちしながら大阪へ、予定してた時刻から1時間ほどのずれ。1時間なら12000円ぐらいだったかなと妙なことを考える。まだ大学生にすらなっていないんだ、希望はまだある、早まるんじゃないと自制しながら一年後のことを考える。ピンク色要素皆無の浪人生活。なにも大して今までと変わらないじゃないか。浪人は耐え難い苦痛だとか書いてたやつら、今までどんな生活送ってきてたんだ?

覚悟を決めるしかない。見るべきは泡姫の夢じゃない、素敵な大学生活だ。







と、こんなことがあったんです。1年後の私は浪人ののち、この時落ちた大学に合格しました。しかしながらいまだ大学には行けず、彼女はおろか友達すらできない始末ですよ。素敵な大学生活どこいった?このままだと、4年間闇のボッチ生活かもしれないと思うとぞっとします。

もしも僕がtwitterで自分のことを小生だなんて言い出した日には察してください。そして弔ってあげてください、彼はあの日の夢の国に行ってしまったのだと。